015 渚/北ノ町の物語

【あらすじ】
 東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしていたOL・鈴木クロエは、奔放な母親を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、母親の遺言を読んでみると、実はお爺様がいることを知る。思い切って、手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきた。そしてゴールデンウィークに、その人が住んでいる北ノ町にある瀟洒な洋館を訪ねたのだった。
 お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくその町はちょっと不思議な世界で、ゆくたびに催される一風変わったイベントがクロエを戸惑わせる。
 最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ……。そんなオムニバス・シリーズ。


    15 渚のピアノ・コンサート

 残暑お見舞い申し上げます。鈴木クロエです。
 八月のお盆に亡き母の実家・北ノ町を訪ねお墓参りしてきました。 北とはいっても、夏になればそれなりに暑く、残暑もあります。潮目が変わって、海水が冷たくなるのとクラゲがでてくるので、地元の人は泳ぎませんが、海水浴期間は続いていて、少し離れた町から、泳ぎにきたり肌を焼きにくる人たちが浜辺に寝そべっていたりして、まだ夏の名残があります。
 こちらにくる直前、東京の会社・宿舎で、背の高いハンサムな従兄・浩さんが、
「クロエ、僕のピアノ・コンサートがあるんだ。よかったらきてくれよ」
 というわけで、早速、いってきました。
 コンサート会場というのは、花火大会が終わったあとの浜辺。
 浩さんは見物客の大半が帰ったあとに、電子ピアノをやりました。
映画『戦場のピアニスト』でもつかわれたショパン「夜想曲 第20番」のジャズアレンジ。グランド・ピアノで演奏しなかったのは、音響が悪い浜辺では、潮騒音がかき消されてしまうのと、潮風が高価なグランド・ピアノ自体を痛めてしまうからです。曲はアンプを介し、スピーカーで流れてゆきます。
 長い指が滑らかに鍵盤を敲いている。
 素敵な曲。
 白いスーツをきた浩さんにスポットが当てられ、浩さんが輝いてみえた。
 ピアノの前には、二十人分の折り畳み椅子があって、私の隣にいるのは、お爺様の顧問弁護士・瀬名さん。
 そこで私はいつの間にか、父とお爺様が、席を外していることに気づいたわけです。
 波が砕ける音。
 ピアノの調べ。
 でも微かに悲鳴のようなものがきこえてきます。
 コンサートのクライマックスで、花火が打ち上がりました。
 あ。
 やっぱり。
 波間で、父とお爺様が、長さ二メートルくらいある、ゲームにでてくるようなバスター・ソードを海中に突き刺しているではありませんか。
――たぶん、浜辺には〝教団〟に関係したモンスター〝魚眼人〟が私をみつけて襲いかかろうとするのを、文字通り瀬戸際で始末している。
 〝教団〟は、彼らの天敵である鈴木一門でネックになっている私を狙っている。
 けど、公安委員会の父、それから牧師館跡地・地下室にある〝隕石〟を守ってきたお爺様が、私を囮につかって駆除しているんだ。
 その証拠に、覆面パトカーとかワゴンとか警察車両が防波堤に沿った道路にびっしり駐車して待機している。うちのスーパー・ヒーローな父とお爺様が、人知れず、モンスターを狩って、公安委員会職員がその遺骸を回収するみたい。
 演奏後、町長さんとか議員さんとか、奥様をエスコートした町の名士の皆さんが拍手なさっているのだけれど、気づいていらっしゃるのかしら。
 浩さんが立ち上がって一礼。
 拍手喝采。
「アンコール! アンコール!」
 コンサートではお約束ですけどね。
 素敵なコンサートだったけど、なんだか……。


【登場人物】
●鈴木クロエ/東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしている。
●鈴木三郎/お爺様。地方財閥一門で高名な彫刻家。北ノ町にある洋館で暮らしている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住んでいる。
●瀬名玲雄/鈴木家顧問弁護士。
●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。
●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。
●寺崎明/クロエの父。母との離婚後行方不明だったが、実は公安委員会のエージェント。

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ジャンル : 小説・文学

014 笹舟/北ノ町の物語


【あらすじ】
 東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしていたOL・鈴木クロエは、奔放な母親を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、母親の遺言を読んでみると、実はお爺様がいることを知る。思い切って、手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきた。そしてゴールデンウィークに、その人が住んでいる北ノ町にある瀟洒な洋館を訪ねたのだった。
 お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくその町はちょっと不思議な世界で、ゆくたびに催される一風変わったイベントがクロエを戸惑わせる。
 最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ……。そんなオムニバス・シリーズ。
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   14 笹舟
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 鈴木クロエです。
 猛暑が続く今年の夏はとても暑く感じるので、通勤時間を少し早め涼しい時間に出勤しています。
 暦は七月下旬になりましたけれども、思い出されるのは、なんといっても小学生時代の夏休みといったところでしょうか。
 作家をしていた母・鈴木ミドリは、けっこう忙しかったのですが、私のために時間を割いてくれたもので、その季節になると、海とか川とかに連れて行ってくれたものでした。なかでも記憶に鮮明に残っているのが、小学四年生のとき、多摩川を遡ったところに、母と何日かそこに滞在したときのことです。
 長くした髪の毛をワンピースに束ねた母は、自分とそろいのデザインの白いワンピースと縁のついた帽子を身に着けた娘の私を助手席に乗せ、都内からそこに向うとき、とてもご機嫌でドリカムのハミングしていました。
 ハイウェイを走る紅い軽自動車フロントガラス越しにみえる風景は、オフィスビルから住宅地に変わり、家々もだんだんとまばらになってきた山間で料金所になり、下道へ抜けて行きました。
 夏の空は、青空というよりも水色に近く、もわりとしている割に、木々の緑は明暗のコントラストが強くて印象派絵画みたいな感じ。母が運転する山間の渓谷に沿って走る道路を降りて、フランス窓のあるピンク色の壁をした二階建てのペンションの前に車を停めました。
 ペンション経営をなさっていたご夫妻は、最近皺ができたばかりという感じで、泊まり部屋のある二階にあがるとき、トントンとリズミカルに上って、案内してくれました。
 私と母が寝るダブルベッド、原稿をパソコン執筆するための机、冷蔵庫。それから眼下のせせらぎを眺めるための大きな窓があるのだけれど、テレビは故意に置かれていない、水色で統一した瀟洒な部屋でした。
 お昼は、ペンションのベランダにあるパラソルがついた席でパスタのアラビアータを頂いた母と私。食後は痩せた母の長い手を引っ張って、川原に降りて行きました。大好きな水遊びです。
 浅瀬では、鷺が、幅二十メートルくらい先にある向こう岸にいて、こっちをみている後を、セキレイが川原を、ちょこちょこと駆けて行きました。
 私たちはくるぶしまでつかって水をかけあい、岸辺に生えている笹で舟をつくって川に浮かべました。
 母に教わってつくった私の笹舟は不恰好ですが、それでも、よたよたと母の笹舟に着いて行くのが面白く、私はご機嫌で、ワアッと思わず声をあげていました。
 そこで。
 突然、驚いた顔をした母が、人丈以上はありそうな川の   
 深みを凝視して、
「ねえ、クロエ、石投げをしよう」
 と切り出しました。
 素直にうなずく私。
 まずは高校時代ソフトボール選手だったという母のお手本。母の投げた小石が、水面を何度も跳躍して、向こう岸の茂みに消えてゆきます。
 真似する私ですが、子供なので腕の筋肉が弱く、なかなか母のようには行きません。
 私が小石を投げる間、母はずっと、川の深みを凝視していました。
 笹舟はというと、中洲の先端にある岩のところで引っかかっています。
 ペンションに引き返す際、私を抱き上げる直前、母は野球用ボールくらいの大きさの石を拾って、笹舟から一メートルばかり上流側になったところに投げたのでした。
 ドボンという音ではなく鈍い音が。
 それから。
 いつものようにハミングする母が不自然に感じました。
抱っこされた私といえばさりげなく母の手で双眸を塞がれていましたし……。
 ペンションに戻る途中の道で、釣りにきた知らない小父さんが、母と私に冗談半分にいいました。
「この辺の川には河童がいて小さな子をさらって行くって話がある。気をつけなさい」
「ナイス・ジョーク!」
「冗談じゃなく、実際に川遊びしていた子供がいなくなっているし、河童をみかけたことがあるって釣り仲間もけっこういる」
「はいはい」
 母の表情は、笑っていたけれど、引きつっていました。
 河童。
 ――北ノ町のお爺様と敵対するメヴィウス教団には、魚のような眼をした信者が多くいます。ヒロィック・ファンタジーの主人公を地でやっているお爺様の血を引く母は剛肩で、なんとく、深みに潜んでいた魚眼人が幼い私をさらおうとして頭をだしたところを母が小石をぶつけて撃退し、沈めたような感じがするのです。
 あのときの笹舟は、母の投げた石で沈んだのか、それとも、波紋で中洲から外れ、流れにのり下って行ったのか、不思議と今でも気になるところです。
 それではまた。
 By Kuroe
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【登場人物】
●鈴木クロエ/東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしている。
●鈴木三郎/お爺様。地方財閥一門で高名な彫刻家。北ノ町にある洋館で暮らしている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住んでいる。
●瀬名玲雄/鈴木家顧問弁護士。
●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。
●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。
●寺崎明/クロエの父。母との離婚後行方不明だったが、実は公安委員会のエージェント。

テーマ : 自作小説(ファンタジー)
ジャンル : 小説・文学

013 裏道/北ノ町の物語

【あらすじ】
 東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしていたOL・鈴木クロエは、奔放な母親を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、母親の遺言を読んでみると、実はお爺様がいることを知る。思い切って、手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきた。そしてゴールデンウィークに、その人が住んでいる北ノ町にある瀟洒な洋館を訪ねたのだった。
 お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくその町はちょっと不思議な世界で、ゆくたびに催される一風変わったイベントがクロエを戸惑わせる。
 最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ……。そんなオムニバス・シリーズ。


   13 裏道

 こんにちは。
 鈴木クロエです。季節は梅雨。もうすぐやってくる、夏本番にむけて、長く伸びた髪を思い切ってショートにしてみました。
 お爺様たちのいる北ノ町から、東京に戻ってしばらく経ちました。お爺様・彫刻家鈴木三郎が住んでいる牧師館は、地下室から象みたいなモンスターがでてきたため、公安委員会が調査するため、しばらくゆくことができません。
 雨合羽をきた私は、自転車に乗って、最近覚えた裏道である会社社宅と会社との間を自転車で往復しています。爽やかな色合いの白・青・紫に咲く陽花が、軒や線路際に連なっているのが綺麗です。鬱陶しい季節ではありますが、これをみるのがちょっと楽しみ。
 さて。
 例のカルト系宗教団体メビウスの件です。
 うちの家族で、もっともか弱いと考える私をターゲットにして、隙あらばと狙ってくる感じなのですが、実をいうとそれが、公安委員会で、それなりのポストに収まっている父の罠。さりげなく網の目のような警備体制をとっていて、襲撃してくる魚眼人を捕まえ、解剖実験室送りにしているとのこと。――父・寺崎明の方が邪悪なメビウス教団よりも悪魔的でよほど怖いです。
 父・寺崎明が所属する公安委員会の関係筋の話だと。
「捕えた教団の亜人たちの臨床試験結果は次の通りです。――まず魚眼人は、腕力があるのだけれども、知能指数が低いという特徴をもち、洗脳した一般人教徒に混じって、教団の下部階層にいます。つぎに中間幹部層にあたる、吸血鬼は知能指数が高く、魚眼人を指揮し、司祭階層を構成しています。最後に、教団指導部層にあたる司教・教主階層はいまだ正体不明で、先日、旧牧師館地下室から姿を現した象に似たモンスターはこのクラスが召喚したものと考えられます」

 退勤時間。
 その日も雨でした。
 住宅地の中を抜ける私鉄沿線の裏道を、自転車のペダルを漕ぐ私の後から、何者かがつけてくる気配がします。
 誰?
 私はスピードをあげました。
 けれど、怪しげな気配との距離は縮まりません。
 メビウス教団の亜人かモンスター?
 さらに私はペダルの回転を速く。
 敵はまだ私をつけている様子。
 自転車がシャーって音を立て、濡れた路面を走るタイヤで白くして軌跡をつくってゆきます。
 瞬きをしないどんよりとした感じの魚眼人。
 二本の前歯が牙になった吸血鬼。
 象に似た胴体で、鼻が多数の触手になったモンスター?
 どれだろう。
 あ、そんなことどうでもいい。
 もう、ついてこないで!
 そのとき下り通勤快速列車が。
 フォーン……。
 ガタンゴトン、ガタンゴトン……。
 嫌。
 追いついてきた。
 きゃあああっ。
 けれど視界に。
 雨傘を指した黒いスーツの人が歩いてくるのがみえると、背後からの気配は、フッと消えたのです。
 えっ、あれっ、瀬名さん?
 お爺様の顧問弁護士。
 こないだモンスターに屋根まで追い詰められたとき、子供のころは、年上の母に恋をしていたと私に告げた、一回り年が離れているけど、背が高くて、クールで、素敵な人。
 安心したら、なんだか、涙がでてきました。
「クロエさん、どうした?」
「瀬名さんこそ、どうして?」
「君のお爺様にいわれて、様子をみてきて欲しいって頼まれたんだ。……もっとも、自分も会いたかったというのはあるけどね」
 私は自転車を降りました。
 すると今度は上り通勤快速列車が。
 フォーン……。
 ガタンゴトン、ガタンゴトン……。
 目を閉じる私。
 瀬名さんの長い両腕が私の肩を抱きしめる気配。
 けど。
 やっぱり。
 なんだかそんな気もしていたんです。
「クロエ、しばらく顔をみなかったんで、けっきょく浩と一緒に上京してみたんだ」
 そう、大笑していたのは北ノ町のお爺様。
 横で一緒に笑っていたのはピアノが得意な従兄の浩さん。
「……」たぶん目を白黒させている私。
 自転車なみに走れるなんて、二人とも、なんて脚力なの!
 ある雨の日の出来事でした。

【登場人物】
●鈴木クロエ/東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしている。
●鈴木三郎/お爺様。地方財閥一門で高名な彫刻家。北ノ町にある洋館で暮らしている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住んでいる。
●瀬名玲雄/鈴木家顧問弁護士。
●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。
●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。
●寺崎明/クロエの父。母との離婚後行方不明だったが、実は公安委員会のエージェント。

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ジャンル : 小説・文学

012 子供/北ノ町の物語

【あらすじ】
 東京の会社事務員でアパート暮らしをしていたOL・鈴木クロエは、奔放な母親を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、母親の遺言を読んでみると、実はお爺様がいることを知る。思い切って、手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきた。そしてゴールデンウィークに、その人が住んでいる北ノ町にある瀟洒な洋館を訪ねたのだった。
 お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくその町はちょっと不思議な世界で、行くたびに催される一風変わったイベントがクロエを戸惑わせる。
 最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ……。そんなオムニバス・シリーズ。
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     12 子供
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 鈴木クロエです。
 いま、けっこうピンチです。
 不思議なイベントばかりあるここ北ノ町ですが、今回の帰省では、(悪魔的な)父のお供で、吸血鬼率いるメビウス教団・魚眼人部隊の襲撃をかわし、無事にお爺様の邸宅である丘の上の旧牧師館にたどり着きました。いつものように、従兄の浩さんやお爺様顧の問弁護士・瀬名さん、それからときどきお手伝いにきてくださる近所の小母様たちと楽しい語らいをしました。
 翌日の昼食を過ぎたころ、小母様がご自宅に戻り、浩さんが自分で立ち上げた小さなPCソフト開発会社の事務とかで自宅に戻り、さらにお爺様と父が、小用とかで、でかけました。まあ、前日、教団実行部隊に襲われたわけですから、公安委員会・警察関係の人たちが、旧牧師館周辺をぐるっと囲んでいたわけで、安全だった、――かに思えたのでしたけれど。
 お留守番をしていた、私と瀬名さんはグランドピアノのある一階のリビングにいて、自動演奏を楽しんでいました。セーターとジーンズの私、黒スーツの瀬名さんが並んでソファに座り、三曲ほどきき終えたころでした。
 ドーン……。
 同じ階で奥にある、彫刻家であるお爺様の工房から、物凄い音がしたのです。様子をみにいった瀬名さんが、すぐに引き返してきて、私の腕をつかむと、外にでようとしました。
「えっ、どうしたんです」
「問題の工房地下にある葡萄酒貯蔵庫――あそこから」
「あそこから?」
 ドアを突き破って、複数の触手が、床をはってきました。外にでようとしたのですが、玄関にむかう通路に、〝それ〟がテーブルやソファを投げつけて出られなくしてしまいました。追われるように私たちは、二階から、さらに上にむかう階段を駆け昇りました。
 天窓から屋根に逃げて時間を稼ぎ、そこから外にいる公安委員会関係者に呼びかけて、なんとかしてもらおうというのが、瀬名さんの作戦です。
 触手。
 きっとメビウス教団司祭がモンスターを操っているのに違いありません。――お父様のいる公安委員会にマークされ、追い詰められた教団はなりふり構わず、お爺様の留守を狙って私を標的に襲いかかったのだと思います。
 屋根裏部屋に駆け込んだ私たち。
 上手い具合に屋根裏部屋には、以前、北ノ町主催〝秋の大運動会〟でつかった馬上槍試合(トーナメント)用の飛槍(ランス)や長剣が壁に掛けられていたので、瀬名さんは、ドアの隙間からはいだしてきた、蛸脚みたいなそれを飛槍でなぎ払い、まずきた一本は床に突き刺し、つぎにきた一本は長剣で斬りました。それで、天窓を開けて、私の腰に手をやり、屋根に乗っけてくれたのです。
 屋根裏から、公安委員会の方々に助けを求めると、待機していたワゴンタイプの警察車両から二十名ばかりが、飛び出してきて、旧牧師館に突入を開始。……したのはいいのですが、窓が突き破られて、触手が庭にいた先発隊員を突き飛ばしてしまいました。また、拳銃で援護射撃をしていた後方隊員の弾丸は、触手に対してあまり有効ではないようです。ブスンと撃ちこまれた弾丸は、肉が内部から押し出すような感じで外に押し出され、パラッと地面に落ちました。
 モンスターの注意が警護隊員にいっている間。
 屋根裏に逃げた私たちには少しだけ会話をする余裕ができました。
 なんでもいい。もしかすると死ぬかもしれない。悔いがないように瀬名さんにいろいろきこう。
「あの、瀬名さん。母とは幼馴染でしたよね? 昔の母ってどんな感じでした?」
 唐突にそんな話をしてきた私に瀬名さんは少し面食らった様子。でも、すぐにちょっと笑ってから、答えてくれました。
「ミドリさん……素敵な人だったよ。子供時代、母子家庭で育った自分にとって、姉代わりであり初恋の人。そういうわけだから、君のお父さん・寺崎さんを憎んでいた時期もあった」
「母子家庭? お母様はいま?」
「学生のときに死んだ。ロクな貯金もなかった自分に、近くに住む君のお爺様・鈴木先生が気の毒がって、学費という形で投資をしてくれた。それでご恩に報いようと法曹を目指し、先生の顧問弁護士になった」
「凄い!」
「先生には、結局また、お世話になってしまっているんだがね」
 私は屋根の上で座りました。
 瀬名さんも横に。
 ピッタリと身体を寄せ合っている私たち。
 瀬名さんの腕にさりげなく片手を添えた私は、さらに、肩に頭を乗せてみたい。
 人生の最後になるかもしれない一瞬。
 恋の真似事。――母に恋したというかつての少年の肩に私が母に代わって頭を乗せたい、という欲求が湧いてきました。
 でも。
 いいところだったに……。
 やっぱりきちゃいました。
 うちのスーパーヒーローたちが。
 ザッザッザッ。
 リムージンのドアが開き、二メートルはあるような大剣を担いだお爺様と父がでてきて、玄関先で襲いかかってきた触手を斬り落としたのです。怪傑ゾロみたいな黒のシルクハットに覆面とマント姿。……いいですか、拳銃武装三十人の隊員が束になってもかなわなかったモンスターをですよ。たった二人で、斬り刻んで、内部突入に成功したんですよ。信じられますか? だいたいあんなに大きな武器をいつも車のトランクに隠し持って出歩いているかと思うと不思議でなりません。
 ほどなく。
 ドシーン、と物音がしました。
 たぶん。
 工房にいる怪物の本体を二人が仕留めたのでしょう。
 チートな人たち。
 公安委員会の人たちと、あとで、そこをのぞいてみると、切り刻まれた、象のような巨体をもったモンスターが地下室から半身を持ち上げた格好で死んでいるではありませんか。象の鼻にあたる部分が数十束からなる触手になっていたというわけです。
 なんだかモンスターが可哀想に思えてきました。
 室内にまだいたお爺様と父。
 父の携帯電話が鳴り、仲間から連絡が入りました。――福島県の山奥にある教団道場が、公安委員会特殊部隊に襲撃を受け、壊滅的な打撃を受けた、のだと。
 携帯の蓋を閉じた父が、お爺様に、
「教団もやぶれかぶれになったのでしょうねえ」
 と話していたのがきこえました。
   (つづく)

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【登場人物】
●鈴木クロエ/東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしている。
●鈴木三郎/お爺様。地方財閥一門で高名な彫刻家。北ノ町にある洋館で暮らしている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住んでいる。
●瀬名玲雄/鈴木家顧問弁護士。
●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。
●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。
●寺崎明/クロエの父。母との離婚後行方不明だったが、実は公安委員会のエージェント。

テーマ : 自作小説(ファンタジー)
ジャンル : 小説・文学

011 欠片/北ノ町の物語 



【あらすじ】
 東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしていたOL・鈴木クロエは、奔放な母親を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、母親の遺言を読んでみると、実はお爺様がいることを知る。思い切って、手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきた。そしてゴールデンウィークに、その人が住んでいる北ノ町にある瀟洒な洋館を訪ねたのだった。
 お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくその町はちょっと不思議な世界で、ゆくたびに催される一風変わったイベントがクロエを戸惑わせる。最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ……。そんな
 物語は、父・寺崎明の登場で、鈴木一族の宿敵・メビウス教団の実態が明らかになってきた。

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    11 かけら
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 赤絨毯を敷きつめた寝台急行食堂車。
 窓の外は暗闇で、ときおり、人家や道路を走る車もみえるのですが、北ノ町にむかう軌道が走るところは閑散という言葉よりも、寂寥といったほうが相応しく、木々がとても長いトンネルのようになっていました。
 テーブルに座っている父と私。そして、淡い青のテーブルクロスをかけたテーブルに座った私たちを囲んだ席に座っていた男たち四人組。指揮をしている長い牙の男はみるからに教団幹部で、残る男三人は魚みたいに瞬きをしない丸い目が印象的でした。――食堂車には、都合、この六人以外は乗っていませんでした。
 父と同じくらい背が高い牙の男は痩せていて、筋肉は畏縮しスーツからでている肌は皺がかり、血管が浮いている感じです。こけた頬。丸眼鏡。突きでた顎。目と口の端が吊り上ってサディスティックなインパクトを受けます。吐く息に温度はなく、冷たくすら感じます。
 男がささやくようにいいました。
「吸血鬼に頸動脈を咬まれるとどうなると思う?」
「一回死んでから、吸血鬼として蘇生します」
 牙の男は笑いました。
「ハハハ、吸血鬼に咬まれると吸血鬼になる? はあ? きいたかおまえら?」
 ヒャーヒャーヒャーッ。
 なんて下品な、いや、冒涜的な笑い方。
 周りにいる男たちが、魚のような目をしたまま、口元だけ笑っていました。
「頸動脈を咬まれたら、ふつうに出血多量で死ぬんだ。馬鹿娘、よく憶えとけ。もっとも馬鹿は死んでも治らないっていうがな」
 そして、取り押さえられた私・鈴木クロエの皮膚表面に、牙の先端が突き刺さろうとしたときのことです。
 背の高いスーツ姿の父・寺崎明に残る男三人が、取り押さえにかかろうとした瞬間、ニヒルな映画俳優のような、笑みを浮かべていたのをみました。懐で安全装置を解除した拳銃を引き抜くと、ためらわずに、牙の男に、ついで、残る三人の男のうちの一人に、ためらいもなく、弾丸を撃ち込んだのです。
「そ、そんな、馬鹿な……」
 私の身体から手が離し、ガクッと膝を列車の床に落として、崩れ落ちうずくまりました。
「馬鹿は死んでも治らないじゃなくて、死ななきゃ治らないだ。――まあしょうがないか。日本人でもなく、人間でもない、〝あっち側〟の住民だもんな。正確な日本語なんて覚える必要はない。……ああ、安心しろ。すぐに殺したりはしない。君たちのことをよく知るために、生け捕りにして、これからいろいろと実験させてもらうよ」
 取り囲んでいたカルト教団メビウス幹部ともう一人の男が倒れ、魚眼の信者二人が、その場から逃げようとしました。
 は~ひぃ~っ……。
 圧倒的に優位な立場から一転、父にイニシアチブをとられて、すっかりパニックに陥いり、文字通り蜘蛛の子を散らしたように、前後の車両に逃げだしました。
 途端。
 ズダーンと三発の銃声。そのあとは、ガタンゴトン、という列車特有の車輪が軌道を走る音だけが残っていました。
「実をいうと、この寝台列車って、公安委員会の貸切なんだよな」
 吸血鬼は、よく、杭を心臓に打ち込むか、陽光にさらさない限りは効果がないといいます。しかし実際はそうでもないようです。
 父方の祖父は、もともと、北ノ町の牧師だったといいます。牧師館がたっている丘に〝衝撃石〟というものが眠っていて、明治時代に外国人宣教師によって発見されて以来、教会が管理していたとのこと。メビウス教団は、どこからかそのことを嗅ぎ付け、祖父を暗殺した。しかし、父方の祖父と、母方のお爺様は親友だったといいます。密かに、土地家屋の権利を譲っていたのです。……それとは別に父は、公安委員会に入り、素性を隠して教団内部に潜りこみ、殺された祖父への復讐の機会をうかがっていました。
 食堂車通路でうずくまっている長い牙の男を後ろ手にして手錠をかけた父は、
「聖母マリアのコインを鋳つぶした弾丸が効くって伝説をきいたことがある。うちの機関は、捕えたおまえたちの仲間たちをつかっていろいろ実験させてもらった。その結果、十字架やニンニクについて効果があるとか、聖母自体に効果があるとかは、まったくの俗説。銀そのものに化学反応を起こす――ってことを解明した」
〝銀弾〟
 クリスマスでの騒動で捕えた教団信徒が、どこに連れていったのか気になっていました。
 メビウス教団幹部の男は悔しそうに、
「罠にかけたのか?」
「そうだ。これは私と娘を餌につかった狩りだ。――あっちの世界からやってきた吸血鬼とも人狼とも呼ばれる〝亜種〟の個体数が増えれば、実態解明が進む」
 ――ひっどおーいっ。私って、囮だったの!
 吸血鬼は悪魔だといわれていますが、実際のところ、父のほうがよほど悪魔的です。吸血鬼は〝魅了〟という特技があるとのこと。娘であるところの私がいうのもなんですが、ダンディーな父にもその能力があるようです。
 床には、悪夢の〝かけら〟というか、弾丸の薬莢一つが、生々しく、〝亜種〟が流した血がついている床に、落ちているのを目にしました。
 深夜。どこかの山村の、駅前商店街もないような、無人駅。駅前の路上には、びっしりと、数十代ものパトカーが停まっているのがみえ、夜汽車がホームに着きました。ドアが開くと、乗客に扮した私服警官たちの手錠にかけられた〝亜種〟と呼ばれた男たちが降りて行きます。待ち受けていた、ライフル銃を構えた警察の殴り込み専門部隊SATの面々が取り囲んで、パトカーまで連行して行くのが窓からみえました。
 それから私は、父より先に客室ベッドに入り、うとうとしているうちに朝を迎えたというわけです。
 潮の香り、カモメ、丘の上にそびえる旧牧師館。
 夜行列車が停車した北ノ町。
 改札口には、お爺様、瀬名さん、浩さんが待っていました。
 本日はこのへんで。
 では皆様また。
  by.Kuroe.

【登場人物】
●鈴木クロエ/東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしている。
●鈴木三郎/お爺様。地方財閥一門で高名な彫刻家。北ノ町にある洋館で暮らしている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住んでいる。
●瀬名玲雄/鈴木家顧問弁護士。
●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。
●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。
●寺崎明/クロエの父。母との離婚後行方不明だったが、実は公安委員会のエージェント。

テーマ : 自作小説(ファンタジー)
ジャンル : 小説・文学

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